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2025年11月7日
犬と猫の病気

猫から人にうつる?妊婦さんも知っておきたい「トキソプラズマ症」の基礎知識

「動物から人へ病気がうつる」というニュースを聞くと、ペットとの接し方に不安を感じる方も多いのではないでしょうか。「妊娠したら猫に触ってはいけない」といった噂を聞いたことがある方もいるかもしれません。
今回は、その噂のもとになっている「トキソプラズマ症」について、正しい知識をお伝えします。

トキソプラズマ症とはどんな病気?

「トキソプラズマ症」は、トキソプラズマ原虫という目で見えない程小さい病原体が原因で、人や動物の両方に感染する「人獣共通感染症」です。
原虫とは、アメーバやゾウリムシと同じように1つの細胞で生きている生物(単細胞生物)の一種です。
体内に入ると増殖しますが、通常は免疫により抑えられ、症状が出ないことも多いです。まれに、発熱やリンパ節の腫れなどの症状を引き起こすことがあります。

トキソプラズマの感染の仕組み

人や動物がトキソプラズマに感染すると、1〜2週間ほどで体内に抗体が作られ、免疫が働き始めます。
一方で、トキソプラズマは免疫からの攻撃を避けるために、筋肉や脳の中に「シスト」と呼ばれる殻のようなシェルターを作って潜む性質があります。この状態では活動を休止し、長期間体内にとどまることができます。

人や動物が、「シスト」を含む肉を食べると再び感染が起こります。
ただし、肉を十分に加熱すれば「シスト」ごと死滅するため、感染のリスクは大きく減ります。

猫の場合、感染したネズミを捕まえて食べることで感染することがあります。
また、人でも生肉を食べる習慣がある地域では感染率が高いといわれています。

猫がトキソプラズマ症に感染した場合

大人の猫がトキソプラズマに感染しても、ほとんどの場合は無症状で、例え症状が出たとしても、命に関わることはありません。発症するのは母子免疫がなくなる生後1~2か月齢の子猫に多いとされています。基本的に治療は必要ないことが多く、多くは自然に抗体を作って回復します。

人がトキソプラズマ症に感染した場合

健康な人であれば、感染しても発熱やリンパ節の腫れ(10〜20%程度)など、軽い症状で済むことがほとんどです。
ただし、妊娠中や免疫力が低下している方は注意が必要です。妊娠中の初感染では、胎児に影響が出る可能性があるため、正しい知識を持っておくことが大切です。

人への主な感染経路

人が「トキソプラズマ症」に感染するのは、主に次の3つの経路です。
 ●トキソプラズマが感染した生肉を食べる
 ●感染した猫(特に子猫)の糞に含まれる卵(オーシスト)を口にする
 ●妊娠中に母体から胎児へ感染(先天性トキソプラズマ症)

感染経路を正しく理解して対策をとれば、過度に不安に思う必要はありません。

妊娠中・妊娠を予定している方へ

「先天性トキソプラズマ症」は、妊娠の数ヶ月前、あるいは妊娠中に初めて感染する場合に発症します。
まれに胎盤を通じて胎児に感染し、流産や死産、水頭症などを引き起こすことがありますが、発生率は約0.005%と非常に低いです。
なぜなら、近年猫カフェや人懐こい野良猫など、猫と触れ合う機会が多いため、気づかない間にトキソプラズマに感染して、すでに抗体を持っているからです。

また、日本人の約20〜26%は、すでに過去にトキソプラズマに感染して抗体を持っているといわれています。
妊娠の6か月以上前に感染していれば、胎児への影響はほとんどありません。

一方、これまで感染したことがない人の血液には抗体がありません。
日本ではトキソプラズマ症の発生率が低いため、妊婦健診の一般的な検査項目には抗体検査が含まれていません。もし不安がある場合は、妊娠前や妊娠初期にトキソプラズマ抗体の有無を調べておくと安心です。

猫から人への感染リスク

トキソプラズマは多くの哺乳類に感染しますが、オーシスト(卵)を排泄するのは猫科の動物だけです。
猫から人へは、猫が排泄した糞中のオーシストが人の口に入ることで感染します。
ただし、オーシストを排泄するのは初感染したばかりの猫(主に子猫)だけで、その期間は約1〜3週間程度と短いです。
猫の20~50%が既にトキソプラズマに感染しているともいわれており、すでに感染していた猫は、オーシストを排泄することはありません。

つまり、以下のすべての条件がそろわなければ、猫から人への感染は起こりません
 ●妊娠初期である
 ●トキソプラズマ抗体を持っていない
 ●トキソプラズマに感染したばかりの子猫を飼い始めた
 ●その子猫がオーシストを含む糞を排泄した
 ●その糞(オーシスト)を誤って口にした

感染を防ぐためのポイント

 ●猫のトイレは毎日掃除する
 ●生肉は避け、しっかり加熱する
 ●生肉を触ったら手を洗う
 ●まな板は肉用と野菜用を分ける
 ●妊娠初期に猫を飼い始めることを避ける
 ●ガーデニングや公園の砂場遊びの後は手を洗う

一般的に、感染ルートの多くは生肉からであり、猫の糞から感染することはまれです。
研究でも、「猫を飼うことで感染率が上がる」という傾向は確認されていません。

まとめ

妊娠していない方や、すでにトキソプラズマ抗体を持つ妊婦さんは、過度に心配する必要はありません。
ただし、初めて感染する可能性のある妊婦さんは、感染経路を知って、予防を意識しましょう。
感染経路を正しく理解し、衛生管理を徹底すれば、人も猫も安心して暮らすことができます。
これからも猫との健やかで幸せな生活を楽しみましょう。

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